賢者リシュ・タリンからのアドバイス

Advise from Lishu Taring

 

 

ཉམས་རྒྱུད་རྒྱལ་བའི་ཕྱག་ཁྲིད མཁས་པ་ལི་ཤུའི་ཞལ་གདམས་བཞུགས་སོ།།


「ニャムギュ・ギャルワチャクティ」

(瞑想体験のエッセンスを集めた師ギャルワの教え)から

 賢者リシュ・タリンからのアドバイス

注)おそらく世界初の翻訳です。

 

 

 

見解と生活が完全に結びついた神聖なラマに拝礼します

作為を超えた穢れなき空のような真意を悟っていても

日常生活はこのように送るのが良いと、心に留めなさい

 

ああ、悟りを開いたヨガ行者の心と

秘密の教えを授けてくれたラマを自分の頭頂に抱く

そうして、頂いた真髄の教えをいつでも守るのだ

 

ヨガ行の見解を侮らず、日常生活を重んじない

善逝の仏心を悟っても、普段の生活は他の人と同じようにする

功徳も積み続け、ヨガ行と善行を一緒に実践するのだ

 

悟っていても、ことさら慈悲と布施の気持ちを忘れず

九乗の教えはどれも正しいのだから、一辺倒にならず

絶対的な真理だけに偏向しないことだ

 

自分の心に関する教えを聞いても、すぐに解脱を説くダルマに満足せず

それが誤りで、真実とも相容れないならば、

善逝の言葉さえも捨ててしまいなさい

それが正しく、真実に合うのなら、不品行とされることさえ行う

 

強い信心を持っていても、どんなことでも質問し

自分の深遠な体験については、人に話さず秘密にして

他人の過ちを詮索せず、自分の誤りは隠さない

 

生き物の帰依の気持ちはそれぞれ違うから、押し付けてはいけない

学識者として頂点を極めたとしても、自尊心は少なく自惚れは減らし

気高く大きな心になりたいのなら、人を貶め非難することを止めることだ

無意味なことは煩悩を育てるから、躊躇いや議論は捨て去る

 

ダルマを実践したいのなら、自分自身でダルマのようになりきり

ダルマの話をしても人は心を変えないので、自分自身にダルマを説き

信心を育むヨガ行と瞑想に精を出す

 

生きている中でどんな過失をしても、罪を強く恥じ

瞑想に集中したいのなら、ひとりきりで人里離れた場所に留まり

どんな真実を悟る気持ちでも安らかに過ごせるだろう

 

 

ダルマに沿わないのだから、世俗の活動は捨ててしまう

執着心は自然と小さくなるから、善行をする自分とその相手を捨て去る

執着と嫌悪が自ずから解き放たれたら、どこにいてもそこが孤独な行場だ

 

ダルマにとって逆縁になるから、混乱を引き起こす障害を捨てるのだ

どんなことでもダルマになると知れば、なにも捨て去る必要などない

 

見解を口にして話すなら、その意味を勘違いする原因となる

行動はありのままにしていれば、穏やかさが授けられる

自画自賛し思い上がれば、ヨガ行は衰える

 

学識者になろうと討論に参加すれば、真実を失い煩悩を育てることになる

人に対してずる賢く立ち回れば、真実を損ない自分自身に対して罪を負うことになる

悪意が心に忍びこめば、神々とダーキニーに恥をかかせることになる

 

悟っていないのに悟っているふりをするのは、ヨガ行の恥になる

知りもしないのに、知っているふりをするのは、学識者に恥をかかされることになる

 

財産や食べ物に貪欲だと、ヨガ行に飢えることになる

名声と功徳を望むと、ヨガ行が悪魔によって欺かれる

傲慢さと貪欲さが過ぎると、ヨガ行が衰える

主客の執着が過ぎると、ヨガ行がいつまでも輪廻に留まる

 

法性の源である自分自身の心を完成させなさい

散漫な思考の源である自我を穏やかにしてなさい

涅槃の源である三身を完成せなさい

輪廻と涅槃の源である主客の執着を減少させなさい

 

法性はどこにもないのだから探すことなく、浄化した散漫な思考を観察するのだ

散漫な思考はどこにも見えないなら、見ているのは法性自身だ

 

快をたやすく手に入れることなく、苦痛を捨て去ることもない

苦しみを捨て去ることもなければ、快とはそのことだ

 

言葉の源を断ち切らなければ、真意の源が断ち切れる

言葉の源を断ち切れば、果てしない空と同じ

真意の源を断ち切れば、言葉が消滅する

法性の源を断ち切ることなく、心の源を断ち切るのだ

心の源を断ち切れば、法性の主になれる

 

ブッダは存在しないから探すことなく、心の姿について良く観察しなさい

心の姿を知れば、それこそがブッダの発見だ

 

ブッダとは源のことで、慈悲深い学識者に教えを請うことだ

こうだとかこうじゃないとか分析は自然に捨て去るのだ

疑いが生まれたら、多くの経典にあたるのだ

この三つができれば、疑いがなくなること速やかだ

人生が不確実だと思ったら、ヨガ行に勤め成就を得るのだ

 

学んだあとは、一瞬たりとも休むことなく実践を速やかに行うのだ

心には処方箋などなく、心を悟りに融合するのだ

 

他利を悟るヨガ行者は

人里離れたところで実践し、のんびり留まるのだ

教えをたくさん聴聞したら、短くまとめるのだ

別々に分けたり、一緒にまとめたりするのだ

大まかにしか分からなくても、細かく実践する

広く聞いて、細かく守る

 

悟りが偉大でも、小さく慎み

一般の人に称え拝まれて

人を馬鹿にした言葉を吐くな

些細なことでも功徳を行い慎む

 

睡眠とお酒と愛欲の三つ

この三つは善行の毒だから

あまり好まないようにする

 

悪い土地と、悪友と、悪い教師の三つ

このみっつはダルマの逆縁だ

破棄したいと思ったら、巧みに破棄するのだ

 

名声と称賛と功徳の三つ

この三つはダルマの逆縁だ

こうしたことにあまり心を置かないように

 

ダルマに沿って行動をすれば

煩悩という外的な敵や泥棒を調伏できる

動揺は内なる腫瘍を生み出す

 

苦しみをうみだす条件にいらいらするな

輪廻の場所に我慢しないことだ

世俗の生活に失望し

ダルマの中に道を作る

 

仲間の中で悪口を吐くな

煩悩やお喋りには夢中にならず

善逝の言葉には従い

錯誤した物事によって心を養うな

 

自分が実践するダルマは重要だから貶めない

世俗のダルマは重要ではない

錯誤した顕現を対象化し、それに長く捉われない

悟りの境地には出来るだけ長くいること

 

体験と信念を手に入れていないのなら

五毒は自ずから解き放たれ出現することはない

誕生と死亡の二つに長く留まっていると

三悪趣に生まれ変わり死んでいく

 

実践者でなければ

信心を起こして生まれ変わることがないように

誕生と死亡の二つを恐れることなく

輪廻の存在に彷徨うなら

死ぬ時でさえ思い出すことのない

善行と口にしていても、それは嘘だ

 

学問に熱心にしていても、仕事に魅かれる

成就を得ようと努力しても、条件により後退する

善根を得ようと努力しても、富と名声を得る

ダルマを絶妙に説こうとしても、お喋り

修行に熱心でも見た目だけ

だからダルマに対する信心が重要なのだ

 

悪魔に欺かれた人は

名声や功徳を欲しがるから

身体と言葉による功徳の実践をひたむきに行うのだ

内面が偽善や誤りで満たされ

煩悩や苦しみを被る

それはもはやダルマではない

 

幸運な人ならだれでも

すべてに勝る悟りと

完全に一致するように生活し

内外ともに真意と離合集散することない

 

苦しみ・煩悩・散漫な思考を調伏し

生き物の身体に善逝の心を持った

そうした人は本当に稀だ

 

深遠な見解を心に抱き

一切の行為が適切であれば、

それは最良の人だから、

見解と行為は正しくしておくのだ

 

わたしことリシュタリンが、

兄弟姉妹のような法友に大まかな流儀について

遺言の要点を書き残した。

 

賢い者なら心に留めておくように

愚かな者も心が成熟するように

 

終わり

サマヤ

ギャギャギャ

ウヤアクタム

 

吉祥と功徳を